サッカーボールが白黒の理由と高校サッカーで黄色のボールが使われた過去

   

サッカーボールが白黒の理由

世界中の方が熱狂するスポーツのサッカーにはあまり知られていないことがあります。
今でこそ、いろんなカラーやデザインのサッカーボールがありますが、昔は白黒のサッカーボールが主流でした。

私が学生の頃も部活のサッカーボールは白黒でしたが、なぜ白黒になったその理由は知っていますか。

実はサッカーが世界的なスポーツであることが関係しているのですよ。




サッカーボールが白黒になった理由

サッカーボールが白黒になった理由は当時のテレビはモノクロでの放送だったことが関係しています。

モノクロでのテレビで放送がスタートした当時、サッカーボールは主に茶色のボールが普及していました。

 

けれども、茶色のサッカーボールでは見えにくいということになり、モノクロの放送でもボールがどこにあるのか分かるように白と黒というような色がはっきりわかるようなカラーを選んだのですね。

 

ちなみに、サッカーボールは12枚の五角形と20枚の六角形で作られていましたが、それもこの頃から普及したとされています。

もともとヨーロッパでデザインされたのですが、日本でも公式戦のボールとして使用許可を得て、サッカーボールとして日本で広まっていきました。

 

話は少しそれましたが、要するにサッカーボールが白黒になったのは選手のためではなくテレビ観戦している人のためだということですね。




高校サッカーでは黄色のサッカーボールが使われたことがある?

高校サッカーと言えば冬のスポーツの風物詩として今ではなじみのあるものになっていますが、実は高校サッカーでは過去に黄色のボールが使われたことがあるのは知っていますか。

 

高校サッカーに使用されているボールは昔は白黒のボールでしたが、今は白ベースにプーマのデザインがされているものになっていたと思います。

 

こんなヤツですね。

 

 

どの試合を観てもこのデザインとなっているのですが、過去に一度だけ黄色のボールが使われたことがあります。

 

それは第76回全国高校サッカー選手権の決勝「東福岡VS帝京」の試合です。

この試合は雪の決勝戦となったのですが、その時に黄色のボールが使われました。

 

これは観客が見にくいということもあると思いますが、それ以前に選手がボールを見えませんからね。

ちなみにその時の動画がYouTubeにありましたので、ご覧ください。
(動画は削除されている場合があります)

 

 

すごい雪ですよね。ボールどころか選手もあまりよく見えません。
当時私は小学生でこの試合をテレビ観戦していましたが、今でも印象に残っている決勝戦ですね。

 

ちなみに、この時東福岡にいたのが本山雅志選手で、帝京にいたのが中田浩二選手です。
2人は後に鹿島アントラーズでプロの選手として共にプレーすることになりますよ。

 

歴史を紐解くと面白いですよね。

まとめ

サッカーボールが白黒になった理由はテレビ観戦のとき見えにくいことがきっかけでした。

サッカーが世界的なスポーツになったのはサッカーボールが白黒になったことも大きく貢献しているのかもしれませんね。

 

なぜ静岡はサッカー王国と呼ばれるのか?

日本のサッカーと言えば静岡県が強いと言われ、サッカー王国と呼ばれていたりしますよね。

実際、藤枝東や静岡学園などサッカー選手や日本代表を排出した強豪校が
静岡県にはたくさんあります。

ところで、なぜ静岡県がサッカー王国呼ばれるようになったのか知っていますか。
実は静岡県出身者って日本代表でワールドカップを戦った選手がすごく多いのですよ。
静岡県でサッカーが盛んなのはなぜ?王国と呼ばれる理由をとは?

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